舟木一夫の息子は上田純くん?写真は?慶応丹羽校で優秀?職業は?

   

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舟木一夫さんと言えば、青春の定番ソングである「高校三年生」がすぐに頭に浮かびますよね。

ずっと第一線で活躍してきた方なのかと思いきや、なかなか辛い過去も経験されているそうで・・・。

そんな中支えてくれた妻と息子がいたからこそ、今の舟木さんがあるんですね!

今回は舟木一夫さんの息子さんにスポットを当てて調べてみましたよ☆

では早速見ていきましょう。

 

結婚までの道のり

まずは舟木さんが結婚されるまでの道のりについて。

今でこそ人気者でその地位を確立している舟木さんですが、若い頃には低迷期があったようで、その頃になんと3回も自殺未遂をされているんです!

1969年までは名実共に高い人気を保持していたものの1970年に入ると、かねてより多数出演していた歌謡映画が廃れ、TVドラマへの需要が無くなり、それに追い討ちを掛けるが如く歌謡界の変化に伴い表立った仕事は激減し舞台と地方公演が主な活動の場となってゆく。

それゆえに1970年、1971年、1972年に自殺を図るが未遂に終わったり、1973年には心身の不調のため翌年まで10ヶ月間静養することとなる。また、私生活でも可愛がっていた年の離れた弟が、死亡するという不幸にもあっている。

3度も自殺未遂をするなんて、よほど自殺願望が強かったんでしょうね・・・。

そして1974年の4月29日に結婚をされます。

妻は音大を出た才媛で、その後も続いた舟木一夫の不遇時代を支え、子供である一人息子も立派に育ったそうです。

奥さんお綺麗で美男美女ですね~!

奥さんをもらいお子さんが生まれたことで、やっと舟木さんの心と生活も安定したようですね。

その後のご活躍を見ても、舟木さんが円満な家庭に支えられたことがうかがえます。

妻の紀子さんはブラッド・ピットの大ファンだそうです。又、息子には「男同士の口約束は絶対に守れ」と教育しているそうです。

奥さんはブラピのファンなんですね~。

そういえばどことなく舟木さんの若い頃に似ている・・・かも!?

男同士の口約束は絶対守れと舟木さんが教育している息子さんは、どんな方なんでしょうか?

 

息子の名前は上田純くん

舟木さんの本名は上田成幸さんというそうです。

そして息子さんの名前は上田純くん

息子さんなので思わずくん付けしてしまいましたが、昭和55年生まれとのことですのでもう37歳の立派な男性ですね!

そんな純さんが生まれたときのことを、舟木さんは自身のエッセーに記しています。

 

エッセーで息子のことを!

舟木さんが書かれた中で一番古い、1983年に発売されたエッセー「酔ってSINGER~青春病大騒ぎ」の中にこんな文章がありますので紹介しますね。

昭和五十五年十二月九日、午後十二時二十一分 体重3438グラム、身長52.5センチの健康なからだを授かって、野郎が一匹この世の中へ飛び出してまいりヤシタ。
おまけに、オレと同じ申年の射手座。ご丁寧なことに、曜日まで同じ火曜日の生まれと言う、まったくもってジュニアもイイトコ。要するに、風来坊のPARTⅡ。
だいたい、この野郎、オレの嫁サンを十ヵ月余りも占領した上に、難産の憂き目にあわせ、最後は切腹にまで追い込むとは親の仇も同然。
「そのうち目イッパイ仕返しをしてやっから覚悟しろ」とニラミつけてやったんだけど、洟もひっかけずにグーグー寝てやがる。根負けしてこっちがダレて、仕様がないから向こう二十年は面倒みてやることにしたけど、シャクにさわるったらありゃしない。

ちなみに、この野郎の名前は”純”。数えきれないほどの人たちの気づかいの中で生を受けるとは、何んとも幸せなヤツだと思う。もうあとは、結果的に母親になったオレの嫁サンに泣きをみせたり、元気に育つことを心配してくださっている皆さんに迷惑をかけるような人間にならなければ、他に何も言うことはない。
オレのほうはどうせ生涯、風来坊に決まっている。オレはオレで、”純”は”純”。
オレの歩く道に文句は言わせないし、”純”が選ぶ道に、口は一切出さない。お互い五分だ。

生まれたばかりの赤ちゃんに、なんだか友達のような語りかけですよね。

どことなく奥さんをとられた嫉妬のようなものも感じますよね~。

小さな息子をすでに一人前の人間として扱っているところが、男気があって格好いいなと思いました!

 

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写真は?

さて、そんな舟木さんと息子さんの写真をみつけましたよ!

こちら。

古い写真ですが、いい雰囲気ですよね☆

舟木さん男前!

 

風雲たけし城に出演!

実は舟木さん、息子の純くんと一緒にある番組に出演されたことがあるそうです。

それが、昭和の名番組「風雲たけし城」!懐かしい~っ!

1987年4月にオンエアされたそうですよ♪

この番組へは、舟木さんの息子さんの純くんが出場したいと言うことで、舟木さん親子も一般参加されていて、ゲスト出演ではありません。

純くんは当時6歳ですから、参加されたお子さんの中で最年少ではなかったでしょうか。舟木さんにも奥様にも良く似た可愛いお子さんですね。

舟木さん親子は、最後のたけし軍団との戦いまで進んだ3組の中の1組になりました。残念ながら最後の戦いには負けてしましましたが、立派な敢闘賞を頂くことになりました。

ゲストではなく、一般参加だったとのこと。

純くんがこの番組が大好きで、お父さんに出たいとわがままを言ったのかもしれませんね~。

それにしても、最後の3組まで残ったなんて、舟木さんかなり頑張られましたね☆

 

慶応丹羽校で優秀?

息子の純さんの出身校について、「慶応丹羽校」との噂があるのですが、そんな学校名は探しても見当たりませんでした・・・。

慶応には丹羽校というのはありませんし、愛知県にある丹羽高等学校は慶応と何の関係も無いようです。

どこから出た情報なんでしょうね??

ただ、純さんが慶応大学を卒業されているのは本当のようです。

 

職業は?

そして、大学卒業後はどんな職業についておられるのでしょうか?

息子さんは今慶応大学を卒業されて一流企業に就職されているみたいです。

熱心な教育が実ったのか順調にエリートコースを歩まれていますね。

具体的な職業名についてはわかりませんでしたが、一流企業にお勤めのようですよ!

もう37歳ですから、そろそろいい役職に就かれているかもしれませんね!

 

舟木一夫の歌が校歌に?!

さて、近頃問題になっている安倍首相とその夫人が関係しているという大阪の学校「森友学園」についての話題で、なんと舟木一夫さんの歌『あゝ青春の胸の血は』が校歌とされていたそうです!

このことについてご本人は了承されていたのでしょうか??

所属事務所も困惑の色を隠せない。

「’15年の秋ごろに、森友学園側から事務所に“校歌として使いたい”という電話があったのは事実です。ただ、舟木の歌ですが、権利は歌手にありませんので“レコード会社に確認してください”と言ったのですが……」

ちなみに、舟木と籠池氏は面識はない。そこで、『あゝ青春─』を発売する日本コロムビアにも聞くと、

「申請も問い合わせも来ていません。著作権を管理するJASRACにも問い合わせはなかったそうです」

と、学園側からの申請がなかったことを明かした。

「舟木が学校行事に出席するという話もあり、確かにオファーはあったのですが、“スケジュールが合いましたら”と言っただけ。OKなんてひと言も言ってない。(籠池氏は)ノーと言わないと勝手にイエスと取ってしまう方なんでしょう」(舟木の所属事務所)

だが、事務所にはファンからの苦情はなく、応援の声がたくさん寄せられている。

「卒業の季節には、今でも“『高校三年生』を歌っていいですか?”という問い合わせが何百件って来るんです。でも校歌にしたいというのは初めてでした。それを舟木に話したら、“珍しいね。面白い学校もあるもんだね~”って笑ってたんですけど。ただ、こんな騒動に巻き込まれるなんて、思ってもいませんでしたよ」(前出・舟木の所属事務所)

歌謡曲を校歌にしようなんて、それだけでもかなり独特ですよね~。

この学校についてはまだ色々問題がありそうですね・・・。

ともあれ、舟木さんが若い頃の低迷期を脱出して今もお元気に活動されていて何よりです!

これからも家族仲良く、いつまでも素敵な歌声を聴かせてくださることを期待しています☆

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